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札幌高等裁判所 昭和30年(う)503号 判決

控訴人

被告人 辰野藤雄

弁護人

杉之原舜一

検察官

奥田繁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人杉之原舜一および被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

右各控訴趣意(いずれも事実誤認)について

原判決挙示の証拠を総合し検討すると、原判示のような経緯から昭和二九年七月三日午前八時三〇分頃札幌市北五条西二丁目所在日本国有鉄道札幌鉄道管理局入口附近でピケツトラインを張り同管理局職員の出勤を阻止していた国鉄労組側と、折柄登庁を試みようとした同管理局次長栗林達男外同局部課長等約二〇名との間に小競合を生じた際、被告人は右組合の役員または組合員でもなく、また組合から何等の指示依頼もないのにかかわらず、その渦中に押入り混乱に乗じて前記栗林達男(当時四九歳)に対し、その着用のネクタイを引張つて同人の頸部を絞めつけ、更に同局労働課職員長坂孝好(当時四一歳)に対し、その左大腿部を足蹴にし、もつてそれぞれ暴行を加えたことを認めるに足り、記録を精査するも右認定を覆えすに足る証拠はない。してみると、組合の役員または組合員でもなく組合に関係のない被告人の本件行為は右組合または組合員のもついわゆる行為の正当性には何等関係のないものというほかはないから、右長坂に対する暴行の点を否認し、かりに本件暴行の所為が肯認せられるとしても、右は組合の正当な行為として違法性を阻却するとの被告人の所論は採用し得ない。

そこで、被告人の本件所為が弁護人および被告人主張のように刑法第三六条にいう正当防衛に該当するかどうかについて判断するに、かりに所論のように労組側に労働組合または組合員のもつ団体交渉権に対する侵害を排除し、その反省を求めるためにピケツトラインを張つて示威運動をなすことが違法なものではないとしても、それには自ら限度があつて、いやしくもそれが当局側の出勤阻止を意図してそのためにのみなされたような場合は、当局側固有の業務遂行権を実力を以て妨害するものとして最早正当な行為として到底許さるべきではない。本件記録に徴してこれをみるに、労組側は計画的に組合員を動員して専ら当局側の出勤阻止のためにピケツトラインを張つて対峙するに至つたので、当局側は出勤就業の必要からまず原判示の栗林次長以下約二〇名でこれに接近し、平和的説得のもとに右ピケツトラインの解放を求めようとしたけれども、両者間の緊迫はとけず、そのまま小競合の実力的混乱に陥入つたことが認められる。されば、かかる状態においては前説示に照し、労組側においてはもとより当局側においても、その実力行使がともなう限度において各々正当な権利行使とはいい得ず、結局相互に攻撃し防禦する関係にあつて相互に権利侵害が繰りかえされていたことになるものと判断せざるを得ない。しかして正当防衛は不正の侵害に対してのみ可能であり、かかる不正対不正の関係にあるものは、刑法第三六条の適用を考える余地がないと解すべきであるところ、原判決認定の事実によつて明らかなように、被告人の本件所為は、まさにこの段階においてなされたというべきであるから、たといそれが第三者である労組側の権利を防衛するためになされた已むことを得ない行為であつたとしても、これを以て不正の侵害に対してのみなされたものとは到底認め難い。したがつて、本件被告人の所為が不正の侵害に対してのみなされた防衛行為であるとの所論はその前提をかくから採用するに由なく、原判決が右主張を排斥して被告人の本件所為につき前記法条を適用しなかつたのは、結局において正当といわねばならない。

以上のとおり原判決には所論のような事実誤認または法令の適用の誤もないから、論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 猪股薰 裁判官 中村義正)

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